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ポテトL

 十五日まで、マックフライポテトが全サイズ百五十円なのである。もちろん、惑溺しやすいわたしの魂は、目下ポテトLに惑溺中である。
 ポテトの香を嗅ぎ、口に放り込む。口の中でも香を嗅ぎ、その香がふんわりと味に変わっていく。狭い咽喉の中を、豊かな風味が下っていくのが感じられる。完全に魅了されている。だらしないほどに欲望をポテトに注いでしまっている。

 ポテトからの自由。魅惑的な食べ物、マックフライポテトから魂を開放するために、「安いうちに飽きるまで食ってやろう」と思い、ほぼ毎日ポテトLを食っているのである。

 そろそろだいぶ飽きてきたと思う。惑わされ続けた我が魂も、目覚めのときが来ようとしているのだ。ポテトがなくとも平然としていられる自分が、未来でわたしを待っている。未来といっても、明日、明後日の未来なのだ。ポテトから自立した、大人の自分は、もう、すぐそこにいる。

 もうしばらくは、あなたとは、会わない。

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2011.09.14 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

もっと軽々とラッシュ時の地下鉄を乗りこなしたい

 最近、遠出することが多い。それで、遠出をスムーズに、なめらかに済ますためにも、地下鉄を利用することが増えたのである。

 朝のラッシュ時に、軽々と地下鉄を乗りこなしてみたいものだが、わたしの心臓はそれができるほどには毛深くない。いや、それは言いすぎというもので、毛深くないどころか、恥ずかしい話、実のところはパイパンなのである。パイパンの心臓に、通勤ラッシュは、決して相応しくはない。それだけは言える。
 渋面を人と人との間にねじこむようにして乗り込まねばならないのだ。心臓に悪いはずだ。
 
 「偶然にも、乗り込んだ車両の乗客が全員友達だった」というようなことがあれば、このうえなく楽しい、宴会のような、ビバルディー溢れる朝のラッシュとなるのだが。しかし現実はその逆である。全員が知らない人。不思議だ。全員が、わずかに知っている人だという状況があってもいいのに。

 目的の駅に辿り着くまでに、何人の顔を見てしまっているのだろう? 
 乗り物に乗っているときに人々の顔を見てしまう癖が治らないのである。勝手に、人々の疲れ度をチェックしたりしている。
 あの人の疲れは、中の下だ。この人の疲れは上の中だ。その人の疲れは、梅だから、松の人に比べると、だいぶ質の落ちる疲れだ。
 あれこれ勝って気ままに想像している。目が合う。居心地は無論悪い。

 暗いトンネルをくぐり抜けていく地下鉄。窓は、外が真っ暗なせいで、景色を見せることなく、鏡となって車内を映し出す。
 窓に映し出された自分の顔を、何とはなしに眺める。見慣れた顔なので、3秒ぐらいで飽きる。
 荒ぶる魂がそうさせてしまうのであろう、今度は窓に映った美人の見慣れていない顔を、漠然とした目的を持って眺めてしまう。目が合ってしまう。脳が止まる。

 「なんで俺はまた、目が合ってしまうような危険なエリアに、視線を送り込んでしまったんだーっ! バカっ!」

 窓に映った自分の顔に視線を戻す。

 鏡越しに人と目が合ってしまうあの気まずさは何なんだろう? 鏡は気まずさを上手に演出するものだな。
 地下鉄に乗るときには、すべての方向から、顔を背けたい。どこを向いたらいいんだ?

2011.09.06 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

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