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首ったけってわけじゃないのに、やめられないあいつ

 年々、歳を取るにしたがい、タバコに対する耐性が低下してきているように思える。
 若き日のわたしは、ショッポをガンガン吸い倒し、吸い回し、引きずり回し、金がない場合には、シケモクを分解して、ハッパを集め、辞書を破いた薄っぺらの紙に巻き、最後の最後までお付き合いをしたものだった。
 しかし、ここ数年はそんなわけにもいかず、喉は痛めるし、肺は痛くなるし、痛くなりながらも中毒者のように手は伸ばす、吸うペースも昔よりもひどく、立て続けに二、三本は吸う。体はいっそうのこと、だるい。日々を生きるための活力も、タバコの煙のなかへと、すっかり影をひそめてしまう。
 
 このあいだのケンタロウの誕生日のときのモックンのプレゼント。それは、聴診器。
 わたしは、酔っ払って、隅っこのほうで一人お医者さんごっこに興じ、寂しく自分の鼓動に耳を傾けていた。ドド~ン、と鼓動が聞こえてくる。
 ドド~ン、ドド~ン、ドド~ン、ドドッ、ドド~ン・・・・・
 なんや、なんや? なんや、今のドドッってなんや~? なんだ、その取って付けたような変拍子はぁぁぁ?
 規則正しく、心臓が打っていないのである。う~む、今までの極悪な生活習慣がついに体に祟ったか。

 ということで、禁煙中であります(5日目)。
 マブダチのケンチャンも、禁煙中らしい。ケンチャンも、心臓とタバコのことについて、ブログに書いていた。というか、ケンチャンが書いていたので、わたしも心臓とタバコについて何か書いてみたくなったというのが正しい。

 

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2007.08.31 | Comments(5) | Trackback(0) | 今日のMASARU

うつろな夏

 まるで冬のような過ごし方の夏なのである。
 ほんとに今年は、夏らしいことは、な~んにもしていない。海や川にも行かなかったし、花火もしなかったし、キャンプもしていないし、「夏休みの友」もやっていない。絵日記も書いていないし。絵日記ぐらい書けばよかったな、などと思いつつ、しかし、もし今年の夏、絵日記なんぞを書いておれば、とっても暗~い絵日記になっていたことは間違いないわけで、たとえば、絵の部分にはゴヤテイストのおどろおどろしい絵。文はどの日もたったの一言で済ます感じに、たとえば、
「寝ました」とか、
「寝ていました」だとか、
「はっと、目が覚めました」
「少しは起きていました」
「悔し泣きしました」
「夏でしょうか?」とか、
「夢も見ませんでした」
「壁に八つ当たりしました。壁は怒りませんでした」
 そして、ゴヤ風の絵。あるいは、梅図かずお的な絵。

 しかし、わたしの顔の黒さといったら! わたしの顔の黒さを見て、人はこう言うだろう。
「ずいぶんと、夏とたわむれていますね、あなた!」
「いえいえ、この顔の黒さはもともとのもので、夏とたわむれた結果ではないのですよ、あなた。夏はわたしとちっとも遊んでくれません」とわたしは答える。

 ああ、今年も夏が終わる。うん、今年もいつものように、へぼい夏だ・・・・・。
 鼻の下だけが、青春まっさかりなのである。昨日ケンタッキーでチキンを食べたせいか、鼻の下にニキビが出来てしまった。
 ヘイ! 青春! さようなら、汗だくの夏!



 

2007.08.31 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

フラワーガーデン夏祭り

 土曜日のこと。
 フラワーガーデン(老人ホーム)の夏祭りでした。去年も参加させていただいた、今年で二回目の夏祭り。今年のは、さらにパワーアップしていまして、花火師でも呼んでいるのでしょうか、花火がバスンバスン夜空に向かって打ち上げられていました。こんなに間近で見れる打ち上げ花火なんてそうそうない。ときどき火の粉が頭上に降ってくるほどでした。迫力満点。
 出店では、なんでも100円。焼き鳥五本セット。フライドポテト。フランクフルト。カレー。それに、なんと生ビールまでもが、100円! ということで、またまたぐびぐびとビールをあおり、酔いちくれてしまいましたね。
 木彫りの売り上げも好調! 最高じゃ~!
 それに、人々との心温まる交流。ヘンプを編んでいると、小学生の女の子になつかれてしまって、学校で習っていることやら、好きなことやら、いろいろと話を聞かせてくれました。その子の親御さんとも、親しく会話をし、心温まる交流となりました。
 今年のフラワーガーデン・バンドの演奏では、末永社長、もっくんはもちろんのこと、新しく、もっくんの彼女であるヤスティンが加わっていました。去年はわたしもゲスト参加していましたが、今年は・・・・やっぱ、人前に出るのは苦手ですね、わたくし。
 祭りが終わったあとの打ち上げでは、ビールやお寿司などが振舞われ、お腹がくちくなるまでたくさんいただきました。

 フラワーガーデンの末永社長には、いつもいつも、感謝です!
 ありがとうございました!
 

2007.08.28 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

心配にもんどりうつあまり・・・・

 林田君から、「人が足りないので来て欲しい」と飲み会のお誘いを受ける。
 「人が足りないので」。わたしは、まだ、かろうじて人間として認識されているのだ。「人が足りないので」。わたしは、いわば「人間」の補欠だ。「人間」の欠員が出たときに備え、わたしは人生の大半を、ベンチで足を組み、ゆうゆうと出番を待っているのだ。

 どんな集まりかも知らずに行ってみると、林田君の同窓の集まりだということだったので、わたしはにわかに身の縮こまる思いがした。ちなみに、わたしといっしょに同行したシャチョーも、彼らと同じ過去を共有する、彼らの同窓だ。わたしは、部外者、局外者、禁を犯して見事に立ち入ってしまった関係者以外・・・・・・。犬見知りの人見知りであるわたしは、萎縮してしまった。

 わたしは、人々の目から届きにくい、一番端っこの席を狙っていたのだが、席取りに失敗し、堂々と真ん中の席に腰掛けてしまう。
 「再会を祝って、乾杯!」と、並々と注がれたビールを片手に乾杯する。再会? むろんわたしは、みなさんとは初対面である。
 そんなとき、気の利いたフレーズがわたしの脳裡に浮かぶのだ。
「今回は、わたしは再会できませんでしたが、次回は必ず再会しましょうね!」
 とても気の利いた、ナイスにも程がある、フレンドリーな言葉じゃないか! よっしゃ~、最短距離で、彼らの心に急接近じゃ~!
 「さすが、おれだ」と自画自賛しつつ、・・・・・・がしかし、すっかり萎縮してしまっていたわたしは、なかなかこの言葉を投げかけることができずに、もやもやとしているうちに、時宜を逸してしまった。
 けっきょく、何も言えずじまいだったのである。

 縮こまった心を元のサイズに戻そうと、わたしは急ピッチでビールを胃に流し込んだ。飲んだ。食った。
 けっきょく心も元のサイズに戻り、すっかりくつろいでしまったわたしは、みなさんと屈託なくペラペラとお喋りに花を咲かすのであった。なんと楽しい集まりだろう! 今までの憂慮はいったい何だったのか?

 酔い覚ましになにか飲み物でも買おうと、帰りにシャチョーとコンビニに寄った。
「リンゴジュースが老化防止にいいらしいよ」とシャチョーが言う。
「もう、若さには追いつけんよ」とわたし。
 わたしが知らぬ、彼らの若き日々を、あれこれと想像しながら、わたしはリンゴジュースを手に取った。

 前半心配、後半親愛の、楽しい集いでした!
 ほんとに心配しすぎだな、おれは。

 

 

2007.08.26 | Comments(15) | Trackback(0) | 今日のMASARU

しばらくは

 野菜ジュースを飲みながら、タバコを吸いながら、扇風機の風を浴びながら、音楽を聴きながら、じっとり汗をかきながら、わたしにはちょっと高尚すぎるような本なんぞを読み、現実から一歩身を引き、猛獣である現実を檻の外から眺め、そうすると現実なんかはもうどうでもよく、ただの逃亡、夜汽車に乗ってなどでなく、すりきれた草履に足の裏を這わせての、逃避行。
 現実はみるみる遠ざかってゆき、見えるか見えないかの六等星の明かりを、わずかに意識に灯す。手触り感はない。かすかに匂いがするだけである。

 言葉の地下水脈に身を投じ、素潜りで、潜水。息を止め、命の根を絶ち、潜水。
 もし言葉がただの音像だったら、音楽的な要素しか持たぬものだったら、音楽家ではないわたしの耳には何も聞こえてこないのかもしれない。しかし、言葉には意味があるらしい。自分がくっつけた意味、他人がくっつけた意味、さまざまな意味。

 「意味」の意味を問う頭もまた汗をかく。ずぼらな頭は、ちょっと運動しただけで汗をかくらしい。頭にワキガの臭いが充満する。左脳から、マスターベーションのかすかな残り香が漂い出す。

 しばらくは、表表紙と裏表紙に閉じられた書物の、小さな世界で、呼吸しよう。小さな世界に添うような呼吸法で、小さく息を吐きながら。
 

 

2007.08.24 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

拍手ボタンの利用法

 二ヶ月ぐらいまえから、ブログの下のところに、「拍手」ボタンという、宇宙からの物体Xのような見慣れぬボタンが出現し、いままでにそのようなボタンはなかったものだから、わたしは驚きのまなこでそのボタンを食い入るように見つめ、目の錯覚か、という疑念にまで苦しませられ、無駄に精神のエネルギーを浪費し・・・・・・・、浪費し、

 がしかし、「拍手3」とか「拍手4」とかが、わたしの網膜に飛来してきたときの、カタルシスといったら、・・・・・・・おおぉぉっ! 誰からのものともわからぬ賛美が、わたしの網膜に像を結ぶ。涙を流しながら、心洗われる瞬間! 

 うれしいですね・・・・。

 もっともっと、わたしのことを賛美してみたいという方は、スタンディングオベーション。立ちながら、マウスのボタンをワンクリックするだけで、なおいっそうのこと賛美することができるのです。

 さらに、いままで人類は逆立ちしながら拍手することができなかったのだけど、これからは片手でワンクリック。なんとか片手で自分の全体重を支えつつ、もう一方の手を使って、ワンクリック。
 スタンディングオベーションでも、まだ褒め方が足りないというときにお試しあれ!!
 最高に相手のプライドをくすぐる褒め方だ!

 片手、片手の、便利な時代。
 今度わたしも、両手で尻をぼりぼりかきむしりながら、アゴでボタンをクリックし、誰かを褒め称えてみようと思う。
 
 

2007.08.22 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

夏の食生活

 夏の食生活。
 ベーシックな感じで、1日1納豆2そうめん。あとは適当に冷蔵庫の奥に眠っているもの(たとえば餅)をたたき起こして、手間を極限まで省き、調理。
 そうめん率が高い。
 内臓サイドは、もうそろそろ、そうめんにも飽きてしまっているころだろう。「また、そうめんかよ! 飽きたぁ~」などとぼやきながら、消化してくれなくなってしまうかもしれない。同じ仕事ばかりじゃ、誰だって飽きてしまう。
「よし! こうなりゃ、体内で流しそうめんじゃぁぁ~」
 そのまんま、口から入れたときと変わらぬ姿かたちで、そうめんが、お尻から出てくるのである。
 嘘である。

 あと今日は、野菜ジュースをたくさん飲んだ。
 「コップ一杯で一日分の野菜」と書いてあるが、五杯ぐらい飲んだ。五倍強くなった気がするが、たぶん気のせいである。強さは変わらない。以前のままに、弱い。「弱さ」が強くなることはあるかもしれない。「弱さ」が増して、とっても弱くなるかもしれない。

 栄養バランス、ガタガタ。
 頭髪のバランスも、でたらめ。
 バランスをとるのは難しいものだ。

 
 
 

2007.08.17 | Comments(6) | Trackback(0) | 今日のMASARU

恐るべき子供たち

 「マー君(わたしのこと)は、絶対に連れて帰って来てね」
 盆や正月になると、母は、妹に必ずそんなことを言うらしい。兄の嫁にまで、同じことを言うらしい。
 母は、わたしのことを心配しているのであろう。わたしに何かうまいものを食わせてあげたい、と思っているのであろう。
 いくつになっても、心配ばかりかけているなぁ、この親不孝者めが。と、毎度のこと、自分に対し同じ思いを抱く。

 姪っ子(4歳)に会うのも半年ぶり。
 可愛い。ほんとに可愛い。子供って、可愛い。
 車のなかで、迫真の声色で絵本を読んで聞かせてあげていると、兄が「うるせえぇ」と言うので、絵本を閉じる。「疲れているときには、楽しいお話も耳障りに聞こえるものなんだよ・・・・・」と姪っ子に説明する。
 シャンプーごっこなどと言って、姪っ子が後部座席から手を伸ばし、わたしの頭を揉みくちゃにする。
 無数のフケが、いたいけな天使のように舞い降りる。わたしの目には、いったんツムジから天までに舞い上がったフケが、天使に姿を変えて舞い降りてきたようにも見える。
 しかし、後部座席では、ひどい騒ぎになっている。汚い、汚い、と女ども(妹、兄の嫁)が騒いでいる。想像力に欠ける彼らの目に映るものは、ただの無数のフケである。
 わたしは、これでも食らえ! と、シートに降り積もるわたしの天使たちに、強く息を吹きかけた。天使のブリザードだ!
 わたしの天使たちは、後部座席の女どもに、襲いかかった! 
 汚い、汚い、と騒ぎはさらに輪をかけて大きくなる。「マー君、きたな~い!」と、妹が綺麗な歯を覗かせて笑うので、「歯にフケが付いてるよ、おまえ!」とわたしは妹に言って笑う。すると、今度は、「きたねぇ~」と、女性にしてはいささか口汚い物言いで、罵られる。
 姪っ子は、ゲラゲラ笑いながら、「まさる君、もっとフケ出して!」。
 わたしは、狂ったように、両手で自分の頭を揉みくちゃにした。
 姪っ子は、狂ったように、喜んでいた。

 夜はみんなで、「海鮮」を食べに行った。
 わたしによくなついている姪っ子は、あぐらをかいたわたしの上にちょこんと座る。
 しこたま飲み食いして、おなかいっぱいになったころ、姪っ子にお叱りを受ける。
「ほら、まだ残ってるよ、まさる君、全部食べなさい!」
「まさる君、ちゃんと食べなさい!」
「はい、あ~んして!」

 4歳の子にご飯を食べさせられているわたし・・・・・。
 わたしは、「う~ん、食べるぅ~」などと言いながら、みんなの食い残したものを、必死に腹に詰め込んでいたのであった。
 しっかりした子になるんだろうな、この子は、と思った。
 飲み食いしすぎて、具合悪くなった。


 

 


 
 
 
 

 

2007.08.13 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

灼熱に焼かれた

 昨日の気温は、37.2度。そう新聞にあった。
 わたしは自分の肌の黒さを見て、なるほどなと思った。37.2度の灼熱が、じっくりと肌を焼いたのだ。トースターで焼きすぎたインド人みたいな色になってしまった。
 昨日は、炎天下のなか、屋外にてフリーマーケットに出店したのだった。よくぞ干物にならずに帰ってこれたな、と思っている。「干物屋さんに陳列されてしまうかもしれんが、まあいいか」と半ば観念していたほどだ。干物にはなってもいいが、しかし陳列は嫌だなと思った。「はみ出しもの」のわたしは、並べられたくはないのだ。

 ヘンなおばちゃんに、前世がインド人だと言われたことがあるが、このままだと、今世もインド人になってしまうのでは、と思ってしまう。
 いまのところは、かろうじて、「インド人に間違われる日本人」なのである。しかし、そのうちに、見かけと本質が入れ替わってしまって、「日本人に間違われるインド人」になってしまうのでは、という不安が首をもたげる。

 しかし、わたしはやっぱ暑さが好きで、ついでにカレーも大好きだ。知り合いにはいないが、インド人も、たぶん好きだ。
 ヘンなおばちゃんの言も、実のところ、そうであるのかもしれない。
 
 

2007.08.12 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

輪郭

 寄せては返す波のために、海と陸の境界は、常に定かならぬものだ。どこからが海で、どこからが陸なのか?
 人にしても同じことで、内と外の境界は常に変化していて、人は、どの瞬間をとってみても、「見知ったばかりの自分」「見慣れぬ自分」を生きていかなければならない。
 自分というものが、「定かなもの」「わかりきったもの」であるなら、いちいち自分について考えたりなどしない。人は、わからないことについてしか考えないのだ。
 輪郭の内側が自分だということは知っている。でも、知っているのは、それだけだ。輪郭そのものについては、まるで何も知らない。

 輪郭は、常に変わり続ける。
 見慣れぬ自分の輪郭を見て、困惑する。
 ひどいときには、狼狽する。

 うねり動く輪郭の内側に「静けさ」が見当たらないのは、当然といえば当然だと思った。

 

 
 

 

 

 
 

 

2007.08.08 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

ズボンを下ろしたまま怯えるわたし

 わたしはウンコをするとき、屈みこまなくては、うまく排便できない。便座に腰を掛けてなど、とても無理な相談である。和式でないといけない。洋式では駄目だ。洋式では、どういうわけだか具合が悪い。
 これは幼少からの苦手意識を、大人になっても持ち越している結果である。
 ウンコの仕方からして、大人になれていないところをみると、ほかのすべての面においても、大人になれていないのに違いない。「ウンコの仕方」という基本的なところで、すでにつまずいているのである。大人になんか、なれるわけもない。

 ことに、電車に乗っているときにもよおしたときなど、たいへんである。電車の便器は洋式なので、ものすごく困惑する。
 どうしても洋式で用を足さねばならないときは、靴を脱いで、便座の上にあがって、和式スタイルで屈み込むのである。
 電車の場合は、さらにガタガタと揺れるので、輪をかけて、具合が悪い。電車が加速しているときなどは、Gがかかって、上体がのけぞってしまうのである。こぼさずに用を足すのがせいいっぱいだ。

 前ふりが長くなってしまった。
 こんなことを書くつもりではなかった。
 「大」のときは、2階のトイレしか使わないことの説明が長くなってしまった。アートバーズ邸では、1階は洋式、2階は和式なのである。だから、「大」のときは必ず、2階のトイレだ。
 
 昨日、いつものごとく2階のトイレで用を足し、そのままお風呂へ入ろうと、階段を下りていった。
 お風呂へ直行だったので、ズボンは上まであげておらず、ボタンもチャックも開けたままのだらしない格好だった。パンツはまる見えだ。
 ぎょっとした。
 階段を下りる半ばで、女の人と目が合った! 階段を下りたところが、ちょうど、玄関なのである。
 やばい、お客さんだ! しかも、相手は、若い女の子だ!
 とっさに、わたしは手に持っていたタオルやら替えの下着やらで、シモを中心に覆い隠した。
 向こうが挨拶してきたので、こっちも「ぅっ、こ、こんにちはぁ・・・・」
 心拍数が鰻上りにあがる。
 やばい、ばれてるんじゃない? 隠しおおせている自信、ゼロ・・・・・・。
 しかし、相手も大人の女性。気づかぬふりをしているのか、平静な態度で話しかけてくる。社長に用事があって来たらしい。
 わたしは、さっと、彼女の前を横切り、ソファーに座り込んだ。かなり不自然な動きである。とりあえず、彼女から見えにくい、安全地帯へと逃げ込んで、気を取り直す。
 こっそりズボンを上げようとも思ったが、それも返って不自然な動きになりかねないので、タオルと替えのパンツを腰の上に載せたままである。
「しゃ、シャチョウ、ちょっと出ていましてねぇ」などと、うわずった声で答える。できるだけ手短にすませようと、かなり手順をはぶいた応答をする。
「また出直してきます」と言うので、ほっとして、送り返した。ほんとうに、ほっとした。こういうのを「ほっとする」と言うんだ、と思った。

 人の見ていないところでも、きちんとすべし!
 ありがたい教訓を得た。
 
 
 

2007.08.06 | Comments(8) | Trackback(0) | 今日のMASARU

心貧しき男のお話

 ここのところ、またもや、「思春期か、おれは?」と思ってしまうほどに、ナーバスな心で、日々を過ごしている。
 わたしは、どうしてこうも、傷つきやすいのか?
 ほんの些細なことで、うわぁぁぁっと被害妄想が沸き立ってきて、その沸き立ったお湯を注ぐと、たったの3分間で、「廃人」の出来上がり。
 寝袋から這い出でることも、ままならない。
 ビョーキである。

 「強くなりたい!」と願をかける。ごろごろ寝そべって、天井をガンミしながら・・・・・。
 打たれ強い心を持ちたい。どんなボディーブローをくらっても、ニカっと笑い、キラキラとした歯の輝きをこぼすほどの、ナイスガイになれないものだろうか。
 心がガラス細工なのである。心が超合金であればいい。ガラスを超合金に変える錬金術というものがどこかにあれば、と思う。

 路上、休んでしまったなぁ。
 
 

 

2007.08.06 | Comments(0) | Trackback(0) | 今日のMASARU

心優しき男のお話

 わたしはケンシロウが好きだ。なぜなら、ケンシロウはゴキブリよりも強いから。 
 わたしはゴキブリよりも弱いのだ。だからわたしは、ケンシロウを飼いたいと、心底思っている。
 ケンシロウを飼って芸をしこむのだ。ゴキブリが現れたら、即座にヒコウを付くように、芸をしこむのだ。
 でも、ゴキブリの内臓が破裂して飛び散るのだけは、勘弁。「おまえはもう死んでいる」と言ってから、ゴキブリが10秒も20秒も、死なずに生きているのも、勘弁。普段しゃべることのないゴキブリが、いきなり「あべし」とか「ひでぶ」とかしゃべりだすのも、勘弁。それ、・・・・・気味が悪いから。
 
 しかし、どんなに強かろうが、どんなに眉毛が太かろうが、それだけではまだ魅力的とは言えない。ケンシロウの本当の魅力はその優しさにあるのだ。心優しき男。それが、ケンシロウである。

 たとえば、ケンシロウが、「森のクマさん」を口ずさみながら森を歩いていたら、本当にクマさんが現れたとしよう。
 ケンシロウにとっては、クマさんなどは、余裕の相手。一撃で死に至らしめることもできよう。
 しかし、ケンシロウは無駄な殺生などは、けっしてしない。なぜなら、心優しき男だから。悪いヤツ以外には、絶対に手を出さない。
 ケンシロウだったら、自分とクマさんの双方が生き延びる道を取るはずだ。
 「わたしはもう死んでいる」などと言いながら、死んだふりをして、その場をやりすごすのである。
 「死んだふり」というのが、クマさんに悟られそうになった場合には、さらに迫真の演技で、「あべし!」と断末魔の叫びをあげるのである。
 それでも、駄目な場合には、
 「あべしじゃ駄目かい? 死んでる感じが、いまいちかい? ちょっと、待って・・・・。も一回だけチャンスをちょうだい」と言い置いてから、「ひでぶ!」。
 それでも駄目な場合には・・・・・、もう、知らん。北斗神拳の練習ばっかりしてないで、たまには演技の練習もしとけ、という話である。

 それが、心優しき男、ケンシロウ。

 ああ、わたしも立派な男になりたい・・・・・。
 しかし、わたしにもまだまだ未来はある。
 「わたしはまだ死んでいない」に違いないのだ!
 

 

 

2007.08.01 | Comments(10) | Trackback(0) | 今日のMASARU

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プロフィール

川部賢

Author:川部賢
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