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| 創作合宿 |
やりますよ。 5/5 5/6 の二日間です。 あ〜、ずっと、ブログのほう、放置しっぱなしで、ごめんなさいね、みなさん。 わたしにしては、めずらしく忙しくあわただしい日々を送っていたのです。 こんなに忙しくしていると、周りの人たちから、「この男は川部賢などではなくて別の男だ!」とみなされてしまうので、そうなってしまうまえに、早々に暇な男に舞い戻らなければならないのですけれども、なかなかそうもいきません。(どうにも回避できない強力な力が、わたしをハンモックの上から押し出すのである!) だから、元の川部賢が好きだった人には、ほんとに申し訳ないと思ってしまいます。
ともかく、合宿です!
詳しくはこちら↓ http://www.h2.dion.ne.jp/~amedama/pageGW.html
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| ひもじい満腹 |
最近、なぜだか、どら焼を好んでよく食べる。 今さっき、どら焼目的でスーパーへ買い物に行ったのだが、またもや、どら焼は売り切れであった。 一昨日もどら焼は売り切れていて、たいへんがっかりして、「人生なんか、おもしろくもなんともないや・・・・」と思いながら、かわりにチョコレートを買って帰ってきたのであった。 また別の日には、「ジャンボどら焼」しか残っておらず、仕方なしにジャンボを買ったのである。仕方なしにと言うのは、わたしが食べたいと思う量はせいぜいジャンボの半分くらいのものだし、最近のわたしはまたも困窮にあえいでいる始末なので、デザートは百円未満で、と決めているのである。気の弱いわたしは、「ジャンボには、わたしを破産させようという悪意が見て取れる」と、いつもながらありもしない被害妄想に襲われてしまう。
しかし、なぜにこう、いつもいつも、どら焼は品切れなのであろうか? そんなに人気のあるおやつではなかったような気がするのであるが。「とうとうどら焼もおやつ界のスターダムにのし上がった」ということなのだろうか? そうすると、どら焼の棚の前には、早朝から、長い行列ができているのかもしれない。 だがしかし、やはりそうとも思えない。わたしの友達でどら焼が好きというやつはドラえもんぐらいのものだし、わたしのライバルでどら焼が好きというやつも、ただひとり、ドラえもんぐらいなものだ。そんなに人気があるおやつとは到底思えないのである。
今日もどら焼が売り切れだったので、かわりにチョコレートを買ってきたのである。かわりに? 実際、どら焼のかわりになるようなおやつなんて、この世に存在するのであろうか! どら焼を食べたい・・・・・。
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| 福神漬けのような部屋にて |
わたしの部屋にみるみる間に赤が増えた。押入れの戸を二つ、赤に塗ったわけなのであるが、そうすると部屋全体に対する赤の比率がずいぶんと増えた。 赤というのは不思議な色で、たとえば目の隅っこに映る赤。視線の中心に赤を捕らえなくとも、目の隅にかすかに現れる赤ですら、強烈な輝きでもってわたしの脳髄に注がれてくるのがわかる。存在感の強い色だと思う。
しかし、朱に染まったこの部屋に長いこといると、わたしのような柔弱な神経の持ち主には、少々疲れがくるということもわかった。まあ、なんだ、あれだ、カウンタックだってちょっとぐらいウソつくこともあるさ。
赤の心理的効果というものを、いろいろと調べてみた。 元気が出る。攻撃的になる。積極的になる。体温・血圧が上がる。睡眠時間が減る。アドレナリンの分泌を促す。 果ては、生殖器の成長を促すというものまであって、わたしはそれを読んで、「これだ、これだ! 実にこれまでわたしが求めてやまなかったことはこれなんだ!」と思い、わたしの人生に新たな目標をひとつ加えた。 めざすは巨根。シャア専用四畳半で、巨根をめざす。シャアは巨根の持ち主にちがいない。
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| 赤に翻弄されてみる |
今年に入ってから、なんとなく赤が好きになった。なんとなくというのは、どうして赤が好きになったのかその理由が見つからないのでそう表すしかないのだけど・・・・・。どうしてまた突然赤に惹かれるようになったのだろう? わからない。 赤といえば、赤いランジェリーに多少興味をそそられるぐらいで、これまでは赤がわたしの目を喜ばすことなどそんなになかったのである。むしろ、赤とは疎遠になっていたぐらいである。
まあ、そういうわけで、ここ数日いろんなものを赤に塗り替えている。 昨日は、自分の絵を入れた額を赤に塗り替えたし、今日は押入れの戸を赤に塗り替えているところである。 今のわたしの目には、赤が美しい。赤に感動する。 やっぱ、ランボルギーニー・カウンタックは、ウソついてないよ。 赤はいい。
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| 冬と流れ弾の哀歌 |
寒い・・・・・。冬はやはりわたしにとっての大敵である。ゴキブリホイホイのように、冬をホイホイしてくれる便利グッズもない現代において、わたしはいかように生きてゆくべきか、悩みは尽きない。冬眠の意味はよく知るも、冬眠の術は知らずにいるわたしは、動物のように夢の中で春を待つこともできないでいる。 もうすぐ豆まきの時期だというのに、豆をまく意欲もない。しかし、わたしの中にわずかながら残っているオプチミズムが、そのことをプラスに解釈することもある。 豆をまく意欲がない→豆を買う必要がない→豆の代わりに、人生において豆よりもより重要な何かを買うことができる→豆をまく意欲が旺盛な場合にくらべて、人生がより豊かになる→わたしは世にも稀なラッキーボーイ
豆まきの日には、豆をまいている人たちから遠く離れていよう。流れ弾に当たるのは、いつでもわたしのような者なのだ。わたしが流れ弾などに当たられやすいのは、運命的なレベルでそうなのかもしれない。仕方がない。気を付けよう。「鬼は外!」と鬼が外へ追いやられるのはよいが、この寒空の下、わたしが外へ追いやられるのは、ごめんこうむる。
豆まく人々へ告ぐ! 鬼がいる方向へ、きちんとねらって豆を投げてください! 適当な感じに、バラバラとまかないでください! 必ず、わたしがいる方向とは反対の方向に鬼がいます、そちらへ向かって豆を投げてください!
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