MASARUの不思議な世界
福岡市内で活動中の人間、川部賢の気ままな活動日記です。
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嫌われ者たち
 アトリエでみんなで食べていたサクマ式ドロップス。
 昔懐かしい、缶に入ったあれだ。あれってなんだ?あれだ、飴だ。

 缶のふたを開け、中を覗いてみると、嫌われ者ばかりじゃないか。チョコ味が4つ、はっか味が3つ。人為的にそうなったとしか思えん。謙虚な姿勢で運に従っておれば、こうはならん。誰か、嫌われ者を缶のなかに戻しているやつが、きっといる。
 なかには、10回も外へと出てこられたのに、10回とも中へ戻された不運な飴もあるかもしれない。

 わたしは、その手垢にまみれているかもしれない、嫌われ者の飴を、口に含んでみた。
 味覚に、持てる愛の力のすべてを注ぎ込み、味わってみると、それは嫌われ者でありながらも、たしかにうまい味がした。
 わたしは手垢の味を知らないが、かすかに手垢の味もしただろう。それにしたって、うまい。
ポテトL
 十五日まで、マックフライポテトが全サイズ百五十円なのである。もちろん、惑溺しやすいわたしの魂は、目下ポテトLに惑溺中である。
 ポテトの香を嗅ぎ、口に放り込む。口の中でも香を嗅ぎ、その香がふんわりと味に変わっていく。狭い咽喉の中を、豊かな風味が下っていくのが感じられる。完全に魅了されている。だらしないほどに欲望をポテトに注いでしまっている。

 ポテトからの自由。魅惑的な食べ物、マックフライポテトから魂を開放するために、「安いうちに飽きるまで食ってやろう」と思い、ほぼ毎日ポテトLを食っているのである。

 そろそろだいぶ飽きてきたと思う。惑わされ続けた我が魂も、目覚めのときが来ようとしているのだ。ポテトがなくとも平然としていられる自分が、未来でわたしを待っている。未来といっても、明日、明後日の未来なのだ。ポテトから自立した、大人の自分は、もう、すぐそこにいる。

 もうしばらくは、あなたとは、会わない。

もっと軽々とラッシュ時の地下鉄を乗りこなしたい
 最近、遠出することが多い。それで、遠出をスムーズに、なめらかに済ますためにも、地下鉄を利用することが増えたのである。

 朝のラッシュ時に、軽々と地下鉄を乗りこなしてみたいものだが、わたしの心臓はそれができるほどには毛深くない。いや、それは言いすぎというもので、毛深くないどころか、恥ずかしい話、実のところはパイパンなのである。パイパンの心臓に、通勤ラッシュは、決して相応しくはない。それだけは言える。
 渋面を人と人との間にねじこむようにして乗り込まねばならないのだ。心臓に悪いはずだ。
 
 「偶然にも、乗り込んだ車両の乗客が全員友達だった」というようなことがあれば、このうえなく楽しい、宴会のような、ビバルディー溢れる朝のラッシュとなるのだが。しかし現実はその逆である。全員が知らない人。不思議だ。全員が、わずかに知っている人だという状況があってもいいのに。

 目的の駅に辿り着くまでに、何人の顔を見てしまっているのだろう? 
 乗り物に乗っているときに人々の顔を見てしまう癖が治らないのである。勝手に、人々の疲れ度をチェックしたりしている。
 あの人の疲れは、中の下だ。この人の疲れは上の中だ。その人の疲れは、梅だから、松の人に比べると、だいぶ質の落ちる疲れだ。
 あれこれ勝って気ままに想像している。目が合う。居心地は無論悪い。

 暗いトンネルをくぐり抜けていく地下鉄。窓は、外が真っ暗なせいで、景色を見せることなく、鏡となって車内を映し出す。
 窓に映し出された自分の顔を、何とはなしに眺める。見慣れた顔なので、3秒ぐらいで飽きる。
 荒ぶる魂がそうさせてしまうのであろう、今度は窓に映った美人の見慣れていない顔を、漠然とした目的を持って眺めてしまう。目が合ってしまう。脳が止まる。

 「なんで俺はまた、目が合ってしまうような危険なエリアに、視線を送り込んでしまったんだーっ! バカっ!」

 窓に映った自分の顔に視線を戻す。

 鏡越しに人と目が合ってしまうあの気まずさは何なんだろう? 鏡は気まずさを上手に演出するものだな。
 地下鉄に乗るときには、すべての方向から、顔を背けたい。どこを向いたらいいんだ?
チーズの力
 『知っておきたい「食」の世界史』という本のなかに、笑える一文が。
 「食」を切り口に、どのように世界史が動いていったのかをみる、いたって真面目な本だけに、いっそう笑えた。

 「ゾロアスター教の創始者ゾロアスターは、二十年間チーズだけで生き延びた後、チーズの力できわめて雄弁になりゾロアスター教を開いたと言い伝えられている」

 わたしはチーズの力で口が臭くなったことしかない…。

 また、古代インドの聖典「リグ・ヴェーダ」には「チーズを勧める歌」が収められているという。
 
 笑わせようとしたとしか思えんが、すごく気になる。
 チーズ好きが雄弁になるだけでは収まりがつかず、とうとう「チーズを勧める歌」を書いてしまったのだろうか? 読んでみたいものだ。
 
 「チーズを勧める歌」に勧められなくとも、もうすでにチーズを食べたい気持ちになってきている。チーズは大好物なのである。雄弁になれるだろうか? 雄弁になったところで、誰に何を語りかけようというのか? チーズ臭を相手の顔に吐きかけながら、愛でもささやいてみるか。

テレビーナ
 アナログ放送が終わった先月、命あるものが死して土に還っていくように、うちのテレビもただの箱へ還ってゆくものとばかり思っていた。

 ただの箱となって静まりかえる日が来たら、それはそれで、遺影のようにそっとそのまま同じ場所に置いておこうと思っていたのだが、予想に反してなかなか頼もしい箱なのである。
 放送を終えた局もあるにはあるけれど、依然として、いくつかのチャンネルを元気よく垂れ流してくれている。
 
 ドレッシングを選ぶようにして、いくつかのチャンネルのなかから一つのチャンネルを選び、飯を食う。わたしは、決して「ながら族」になんかにはなれない、ぶきっちょで単純な男だけれども、そういうわたしでもテレビを見ながら飯を食うくらいのことはできる。
 おかげで、このごろでは、人様とちゃんとテレビのお話もできるようになった。
 ありがとう、テレビーナ。
 テレビーナ、あなたのことをテレビーナの愛称で呼ばせてください。

 いつの日にか、わたしのテレビーナも、ただの箱へと還ってゆく日が来るのだろう。どのチャンネルのボタンを押しても、ざぁあ〜、っと砂嵐のような、何も主張してこない、無我の境地を画面一面に映し出すのだろう。
 
 でも、テレビーナ、聞いて欲しい。あの、ざぁあ〜、も好きさ。炊きたての飯にぶっかけて、かっ喰らいたいくらいだ。
 うまいだろうな。

 




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